「KURO・KAZE」
数億年もの太古に存在した、アトランティス大陸...。この土地に棲み漁業を営むズーニ・パ・ジェンダ族、この民の中
に1人の青年がいた。彼は1年もの間、赤道直下の太平洋を漂流した。生活の糧であるボアニートゥ(南洋大型魚類)を追い
求め、毎年3ヶ月間におよぶ遠洋漁業に出ていた。ある年、その青年がひょんなことから漂流にみまわれた。しかし、神が彼
に微笑んだのか、それとも運命が彼を導いたのか、とにかく奇跡的に生還した。そしてその数億年後、南西諸島のとある小さ
な島でその回想を綴った石版が発掘された。これはその石版に刻まれた一種の言い伝えである。
1.ガルフストリーム(湾流)
これは私が20才の誕生日を迎えたあくる年。20歳になった私は熟練漁民の試練の旅に発たねばならなかった。その試練とは
1人でボアニートゥを獲ってくることであって、それも家族1年分にあたる100匹のそれなのである。私が島を出たのはもう半
年も前だが、いまだに一匹のボアニートゥも獲れていない。それどころか自分の命の綱である水と食料さえ途絶えてもう2週
間も経つ...。海は平常どうり穏やかだ。この時、確かに私の脳裏にはかすかな三途の川が音を立てて流れ始めていた。ま
さに生と死の境界線をさ迷い、そんな心境のままさらに2週間が過ぎていった...。とうとう三途の河に一艘の小船が漕ぎ
出そうとしているその時、ふいに生暖かい風が幻想世界の私の頬をすり抜けた。海鳥は泣き止み、その姿はない。静まり返る
空と高まる不安。先ほどまでの穏やかすぎるほど平らだった海面に白波が立つ...。そして次の瞬間、辺りは暗黒の霧に包
まれ、船は波のうねりのなすがままなっていた。宙を舞い、そして海水の洗礼を浴びた。海の天気が変わりやすいのは言葉を
覚えるよりも先に知っていたが、この変わりようときたらどう考えても変だ...。はて...!?そうか!!しまった!私は今
いる自分の航路をやっと認識できた。漁民の間で絶対に進入してはならないと言い伝えられる海域があった。それは赤道東側
海域である。そこには悪魔のため息と呼ばれる風が吹き、高波と超強高速かつ荒々しい潮が北へ向って流れる。この激流はや
がて東洋に浮かぶ「最後の島」へと流れつくらしい。まさに悪魔のため息だ!通称「ガルフストリーム」。ああ、やっちまっ
た。その言い伝えは古くから戒められてきた。誰もがその名を聞くたびに恐れおののく。私の必至の抵抗も空しく、船は見る
見るうちに粉砕され、塩辛い海水が私の体内を満たしていった...。もうだめだ...。このまま朽ち果てていくのか..
.。
2.クロカゼノ森三菩提の神々
うっすら視界が開けるが光りが瞳孔を激しく突き刺し、目を開けられない。死んだのだろう...。そう思った。うっすら
見える景色の中、ここは死後の世界であると疑いの余地はなかった。なぜなら、ここは見た事もない天国だからだ。ああ、決
してそうに違いない。心地よい風が頬を優しくなでる。生い茂る新緑の木々、無限に続く深い森林。その奥にそびえる険しい
山々、滝のような河と海のような大河...。ここは一体...?一匹の巨大な鷹が私に影を落とし思わず空を仰いだ。眩し
い。見慣れた光だが...。死後の世界にも太陽らしきものがあるのか。それにしても暖かい。不思議な懐かしさすら感じる
。思うところ、いいところかもしれない。そうさ、前向きに生きようこれからは。これ以上落ちるところもないし、逃げ場も
無い。死んだのに明るく生きようってのは滑稽な話だが、死んでも人間の生命欲ってのは無くならないものなんだなあって、
そう勝手に納得して思わず頭をかいた。そして次の瞬間、私は一瞬でもそう思った己を後悔したのだった。
足元で小さな音がした。何かが地面に突き刺さる、そんな鋭利な音だった。思わず目をやると。確かに地面に何かが突き刺
さっている。先っちょは暗緑色を呈し樹脂状光沢をもつぎらぎらとした黒曜石だった。さらにその鉱石は四角錐型に鋭く尖れ
、先端には樹脂のようなものが擦り込まれている。明らかに悪意の意図を感じる。もう一つ気づいた事がある。それは私のひ
ざから真っ赤な液体が勢いよく流れ出、瞬時に私の血の気が引いているのが分かった。いや、分かりすぎるくらい分かったと
思うないなや、一瞬で意識は遠のき、すかさずそのばにへたり込んだ。すると、近くの川辺のほうでガサガサと草の擦れる音
がする。川辺の木陰と、岩陰から麦わらを被った生物、いや化け物がワラワラと現れる。まるで悪夢を見ているようだ。もう
死んでもいい...。確かにそう思った。いや、間違いない。しかし、自分はもう死んでいるのに気づき、さらに落胆した。
あぁ今度こそもうだめだ...。っていうよりもとっくに駄目だったんだなぁ、そういえば...。もうわけがわからない。
どいつもこいつも頭には白、赤、黄色の化粧が施され、奇妙な仮面をつけている。そのとき、その集団の最も先頭の小さく勢
いのあるのが叫んだ!「おいーきさまっ!不審なーものよ!そなーたは、ここクロカゼノ森三菩提の聖地と知っての狼藉か!
」そいつの声は怒りと恐れに満ちたそんな声だった。だんだん意識が遠のいていく...。そう、あの樹脂は毒だよな...
。やっぱり。クマカゼノ何とかって...?意味が分からねぇ...。しかし、どうやら私は来てはいけない所へ来たらしい
。そして私はまた暗黒の世界をさ迷った。
3.とんだお供え物
再び目を覚ましたのは、死後の世界の月が半分ほどに欠けた夜だった。月の傍らでは赤い炎が燃えている。回転し、夜空に弧
を描き、そして中央の大きな台座に投げ込まれる。一瞬だけ大きな火柱が燃えあがる。沸き上がる歓声。また、炎は回転する
。回転は人間らしきものがたいまつを振り回している現象である。回転が回転を呼び、それにあわせ人も回ったり、踊ったり
している。踊っている人の傍らには見た事もない色の革をした太鼓を、あぐらを掻きながら一心不乱にたたいている。色は見
た事もないものだから表現できない。非常に乾いた音で、よく響く。軽快なリズムだ。少し離れたところにはやぐらが建って
おり、そこでも巨大な太鼓が火のついたばちで叩かれている。振り上げる瞬間や叩く瞬間などには「ブゥオッ」っていう火音
が空気を切る。叩いているもの、踊っているもの、みな奇妙な衣裳をまとい、奇妙な化粧が施されている。ようやく頭がさえ
てくると、自分の身に何が起こっているかようやく気がつく。よく見ると...。両方ともない。何がって。足がだ。足が!
足が両方とも無いんだ...。
思わず声を荒げて叫んだ。悲鳴と泣きが混じって発狂し、怒声を荒げた。先ほどまでにぎやかだった祭りは一瞬で引いた。
回転は止まり鼓の音も止んだ。誰一人としてしゃべるものはなく、困惑した様子でこちらを眺める。私は地面をめちゃくちゃ
に転がりながら、わめき、あばれ、泣いた。まるで赤子がだだをこねるみたいに。「なんて事だ!畜生。何てことだ!なんて事
をしてくれたんだ!いったい俺が何を...。一体!ふざけやがって。許さん!絶対に許せねぇ!一体!!畜生!畜生ぅぅ!ど
畜生めぇ!!ぶっ殺してやる!!!あんまりだーー!!!あんまりにもひどいじゃないかよこれってぇ〜!!!」みな、黙って様子を見ている
。「どうしてくれるんだ!これはあんまりにもじゃないか...。えぇ!?おいおい。冗談じゃないよ。いくらなんでも...
。ひどすぎる!!あああ!これはいくらなんでもやりすぎだろう!?なあ!冗談じゃない。おい、てめぇ!聞いてんのか!!こら!
くそ!!ああああ!!嫌だっ!!嫌だよーーーー!!!こんなのないよぉ!!!ああああああああぁぁぁぁ!!!!!酷すぎる!」「黙れい貴様、流浪
人よ!」奥のほうから小さな白い毛革をまとった女が歩いてくる。声からして年は十代。小柄だ。それにしては他のものとは
格段に違う風格と、威圧感。ただ者ではない。じゃりっじゃりっと妙な音が大地を踏みしめるがごとく足元から聞こえる。鉄
のような金属のブーツを履いているようだ...。「貴様の足は確かに葬った。悪いがあの台座の火の中に、今、入っている
。そんなにほしくばくれてやろう。欲しければな...。誰か、足をとりだせぇい!!」その甲高い怒声にそそくさと何人かの
ものが台座の上にある大きな壷をかき回し、足を探っている。あまりの状況に誰一人声も出ない。というより私はさっぱり訳
が分からないでいた。「ありました!」すると小さなやつが鉄製の盆の上に何かをのせて小走りで近づいてくる。「よし、あ
ったか。そら、足をかえしてやるぞ。」そして、盆が私の目の前に置かれると、そこには確かに足があった。横たわっている
。だだ、その足はもはや白骨化していて骨の各所がボロボロに砕けていた。ひざより下の部分が2本、そこにうなだれてるの
だ。私は我を失った...。そこには現実を受け入れられない私がいた。突如としてその2本の足の骨をつかみあげると、自
分の首に勢いよく突き刺した。すると、骨はもろくも砕け散り、粉となって落ちていった。死んだのにまた死のうとしている
自分が奇妙に感じた。かすかに風が吹き、粉は何処かへと消えていった...。女の口元がにわかに微笑んだ。「おまえの足
は恐れ多くもクロカゼノ森三菩提の地を汚した。菩提はお怒りだ。菩提のお怒りはそら恐ろしい。この地そのものが滅ぶ事す
らありえる。現に何度か滅びかけたが、そのつど菩提の怒りを静めてきた。現に何本もの足を今まで燃やしてきた事か...
。」女帝は自分の足にちらっと目を落とした。そうか、あんたもか...。少し、状況が飲み込めた。「怒りを静めるために
はおまえの足をいけにえに捧げるしかなかった。」菩提とか何とか、それが東洋の神なのかどうかは知らないが、あまりにも
原始的で、野蛮な民族に遭遇してしまった事にやりきれない気持ちになった。同時に、足の痛みが感じられないのは死んでい
るからなのだろうと、すこし楽観的な気持ちにもなった。これはつまり、一種の諦めにも近い気持ちだったようである。それ
にしても、とんだお供え物にされちまったってわけだ...。私の足は...。
4.怒りと喜びの融合